真冬に早春をイメージして
雪国では春が近づき、日当たりの良いところは雪が解けるが、北側の日影や大きな樹木の下などに、解けないで残っている雪のことを残雪という。
栃木県足利市に「おすすめの一品・残雪そば」を食べさせてくれる店があることを知った。何としても食べたくなり出かけた。
店はこざっぱりとして感じが良い。店内は小上がりとテーブル席のみである。壁に飾られた浮世絵風の蕎麦絵巻がすぐ目に入ってきた。やがて、注文した残雪そばがきた。なるほど、もりそばの上に大根を千切りにして湯がき、冷たくしたものが、そばが見えないくらいに盛りつけてあった。まさに、そばが畑の土のように見えてくる、そして千切り大根が残雪のように感じる。
主人はそばへのこだわりも強く、そば粉は地元産を使用し、水は群馬の酒蔵で酒の仕込みに使われている水を取り寄せ、そば打ちに使っていると聞いた。そばは中細で腰があり歯ごたえもあり大根のシャキシャキとした食感と良く調和したさわやかな逸品である。
さて、この店に立派な看板があり「八蔵」と書いてある。「やくら」というのか「はちくら」と読むのか聞いた。『この店は「はちぞう」といいます。その由来は、当店の先祖は江戸時代中期ころに棒術の指南をしていて、名前を「梁川 八蔵安信」(やながわ はちぞうやすのぶ)と称していました。その八蔵の二文字を戴き、屋号にしてきました。』
主人の話を聞いているうちに江戸中期にタイムスリップしたような感覚を覚えた。昔の武道家や剣客の多くは剣術のほかに棒術も修練を積んできたのだろう。棒術の棒の手さばきが目に浮かんでくる。そして、現代では主人の麺棒の手さばきに、何か因縁めいた伝統的な棒の技が継承されているように感じた。
このたびのそば食べ歩きの旅は、一月という真冬のときであり、早春をイメージさせる残雪にはほど遠い季節であるが、一足早く八蔵で残雪を見ることができ微笑ましい気分になり、また多少の時間であったが剣客の棒術の技を垣間見たような気分にもなり、楽しい一ときを過ごした。
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